今日で一カ月経ちました。
このような話をここで書くと変に伝わるといけないという事で書きませんでしたが、
1カ月経ち隠していてもしょうがないという事と大体の流れが決まりつつあるので書きます。

今から一カ月前の8月15日にうちの親父が脳梗塞で倒れました。

父親には元々その兆候はあったので調子が悪いとなってすぐに掛りつけの病院に行きました、その話を聞いた時にはそほど時間が経っていたわけではないので大丈夫かと思ってたのですが、運が悪く8月15日という事でお医者さんもお休み、詳しい人が居なくそのまま1日ほったらかしになってしまい重傷化してしまいました。

そこから金沢大学病院という地元で一番の病院に搬送されて緊急手術し今に至ります。
一時は命の危険もあったのですが、幸い一命は取りとめることは出来ました。
ただ、放置されていた時間が長かった事もあり障害が残ってしまいました。

DSC0091-e1469270375800まあ、色々と思う事はありますが、運が悪かったと思うようにしております。
障害は残りますがお医者さんには命を救ってくださったと思っております。
金沢大学病院、白い巨塔のモデルの病院ですが、本当に感謝しております。

ご存知の方はいらっしゃると思いますが、僕はレースでは収入を得ていません、基本的にマルトモ商店という和紙の印刷加工業の会社に所属してレースをしておりました。

僕が海外でレース、東京に一週間、イベント開催であっち行ったりこっちいったりなどしてても親父が経営する会社があったからこそ動く事ができました。
そしてバイクに乗る時もやはり思い切り攻められるのは会社があっての事だと思っています。
ましてや、今の僕の状況、怪我していて何もできない、そんな中でも会社に行けば何かしらする事があり金沢に居る時間は経済活動ができていました。
ある意味一番の支援者は家族であり、会社であり、父親でした。

そんな父親が倒れてしまいました。

正直、急な事ですので会社の運営等々も手いっぱいな部分があります、僕がまた情けない事に今入院中です。
会社を残すという事、自分自身もこれまでの事など考え決断等も難しいものがありましたが今後の流れも出来つつあります。

その判断は間違いなく前向きな判断だと思っています。

この1カ月、最初は何にも出来なかった親父が今は言葉が聞き取れるようになってきました。ちなみに、思考などはほぼ健常状態なんですが、喉と右半身が麻痺しております。
まずは家の親父がある程度回復して、僕が居る病院の回復期リハビリ病棟まで来れるようになる事を目標にしております。

笑い話ですが、僕の今いる病院の病室のこの場所、数年前にばあちゃんが入院してた時の場所で、親父がそれに気が付きました。
もしかして、もしかすると僕の退院と父の転院が重なった場合、なんと親子3代での病室、ベッドになります。
そんな笑い話しが出来るほど頭はすっきりしておりますので、まあ体が動かなくても何とかなります。母ちゃんもそう思っています。

まず、僕は今の脚をしっかり治して仕事をしっかりして行きます。
今月末が退院になりました、今は病院に殆ど滞在しておりませんが、入院している理由はリハビリを頑張る事ですので、あと2週間でもう少し足の動きを良くして、全加重になったときに一気に100%で動けるようにします!

いつも本当にありがとうございます!!
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